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長崎家庭裁判所佐世保支部 平成4年(少ハ)1号 決定 1993年5月26日

少年 N・Y(昭47.12.30生)

主文

当裁判所が、平成4年9月14日、平成4(少)第345号、第369号、第370号住居侵入、窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺保護事件についてした、少年を福岡保護観察所の保護観察に付する旨の決定を取り消す。

理由

一  少年は、当裁判所平成4年(少)第345号、第369号、第370号事件(住居侵入、窃盗、有印私文書偽造、同行使、詐欺保護事件)で、平成4年9月14日、当裁判所で、福岡保護観察所の保護観察に付する旨の決定を受け、現在保護観察中のものである。

二  右保護処分決定をなす前提となった非行事実の要旨は、次のとおりである。

少年は、

1  平成3年3月24日午後4時30分ころ、長崎県佐世保市○○町×番×号所在の○○ハイツ××号室のA方に侵入して同人所有の現金約22万円及び商品券106枚(時価約5万3000円相当)を窃取し(以下、「非行事実<1>」という。)、

2  平成4年7月24日午後零時50分ころ、A方に侵入して同人所有の定額郵便貯金証書等13点(時価約1400円相当)を窃取し(以下「非行事実<2>」という。)、

3  右2により窃取した定額郵便貯金証書及び健康保険証を用いて貯金払戻名下に金員を騙取しようと企て、

(一)  平成4年7月24日午後2時10分ころ、佐世保市○○町×番×号所在の○○郵便局で、A名義の定額郵便貯金証書2通(金額20万円と10万円各1通)の備考欄に払戻請求人名として「B」受領おなまえ欄に「A」と冒書する等して偽造したうえ、「Aは私の姉で○○高校の先生をしている。姉が交通事故を起こして○○病院に入院したので、この貯金をおろして持っていかなければならない。」等と嘘を言って、同郵便局員Cに提出行使して現金37万9983円を騙取し、

(二)  同日午後2時30分ころ、同市○○町××番×号所在の○×郵便局において、A名義の定額郵便貯金証書1通(金額20万円)を右同様の方法で偽造したりして同郵便局員Dに提出行使して現金24万2086円を騙取し、

(三)  右日時場所において、E名義の定額郵便貯金証書1通(金額40万円)の受領おなまえ欄に「E」と冒書する等して偽造したうえ、「Eは自分の兄です。」等と嘘を言って右Dに提出行使して現金43万8124円を騙取し(以上の3の各非行事実を「非行事実<3>」という。)

たものである。

三  ところで、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  犯人が少年であるかどうかの点は暫く措き、平成4年7月24日ころ、その定額郵便貯金証書等が盗まれるという非行事実<2>記載の事件を知ったAは、翌25日佐世保警察署に被害届を提出したことにより捜査が開始されたところ、右定額郵便貯金証書が非行事実<3>記載のとおり換金されていることが判明したが、その際の換金状況が○○郵便局及び○×郵便局で防犯カメラにより撮影されていることが明らかとなった。

2  そこで、捜査員は、被害者Aに右防犯カメラに写っている犯人を見せたところ、同人は、かつて○○高校の生徒であり、同人の担任でもあった少年(当時は、福岡市内の専門学校生)にその容姿が似ている旨答えた。Aは、当時、捜査員に「80パーセント位よく似ている。」と述べており(平成4年8月4日付員面調書)、また、当審判廷では、右に加え、「定額郵便貯金証書等に偽造した際の筆跡も少年の筆跡に似ている。」旨供述している。

3  そこで、捜査員は、同月11日午前7時30分ころ、少年を佐世保署に任意同行したうえ、取調べを開始したが、少年は当初否認していた。そこで、捜査員らは、少年を取調べ中の午前11時ころ、○○郵便局員で前記非行事実<3>の犯人に対応したC、Fの両名に透視鏡を使って面通しさせたところ、右両名は、少年が犯人に間違いない旨答えた。当時、少年が犯人であることにつき、Cは「間違いないと思います。」と、Fは「絶対間違いありません。」と述べている(いずれも員面調書)。

そこで、捜査員らが、非行事実<2>につき、少年を追及したところ、少年は同日午後5時ころ、右非行事実を自白するに至った。そこで、捜査員らは、右非行事実(但し、住居侵入の点は除く。)で、佐世保簡易裁判所に少年の逮捕状を請求し、結局、少年は、右非行事実で、同日午後8時通常逮捕され、その際「そのとおり間違いない。逮捕されても弁解することはない。」旨の弁解録取書が作成された。

4  その後、少年は、右非行事実で、8月13日勾留され、同月21日観護措置が取られ、その後家裁送致された非行事実<1>(右事実は、事件翌日被害者から被害届がなされていたが、犯人不明のまま推移していたところ、本件逮捕により少年が自白するに至ったものである。)及び<3>と共に9月14日審判がなされたが、その際、少年は、いずれも本件非行事実を認めており、また、その間、鑑別所職員、担当調査官、面会に行った保護者等に対しても、本件非行事実を否認したような事情は全くないし、逮捕後の捜査過程においても、犯行の動機、経緯、金員の使途等を詳細に供述しており、本件を否認した事実はない(作成された少年の供述調書は合計6通)。

5  ところが、少年は、審判後、父親だけには真実を分かってほしいと、本件をしてない旨述べたために、抗告期間経過後に弁護士に相談したりした後、少年が、その経過を記載した書面を父親に書いてきたりしたため、本件立件に至ったものである。

6  ところで、少年は、前記自白に至った経緯につき、叙上のとおり目撃証人もいると言われ、否認したとしても無理であろうから、自分が犯人としてうまく振る舞えば何とか解決がつくであろうし、捜査官の言葉の端々からも、その方が身柄拘束から早く解放されるであろうと推測し、逮捕後は、なるべく矛盾がないように、捜査官の言うまま供述した旨述べている。

そして、少年は、当初、被害者A方は、かつて担任の先生であったため、大体の場所は知っていたが、詳しくは知らなかった。そこで、少年は、捜査官の言うまま、当初、非行事実<2>の侵入経路につき、ベランダから侵入したのかと聞かれたので、そうである旨答えていたところ、実況見分の際、ベランダから侵入するのは無理であることが分ったので、その後、南側の窓から侵入したと供述を変えた旨供述するところ、なるほど、少年は、当初ベランダから侵入した旨供述しているところ(平成4年8月11日付員面調書)、同月14日に実施された実況見分においては、南側窓から侵入した旨指示説明していることが認められ、また、A方に実況見分に行く際、一回間違って遠回りした旨供述するところ、その事実は捜査官も認めているところである(証人Gの供述)。右事実に、少年が高校のときから気が弱く人に流されやすい性格であったこと(証人Aの供述)、任意同行時間の長さをも考慮するとき、叙上の少年の自白に至った経緯についての少年の供述を、一概に信用できないとして排斥することはできないというべきである。

7  少年は、非行事実<2>及び<3>の犯行当日、友人のH、Iと福岡市内でパチンコをしていたと供述するところ、右両名も当審判廷で証人としてその旨供述し、その日が平成4年7月24日であることにつき、証人Hは、同証人が翌日から自動車学校に行くため、パチンコの途中に眼鏡を買った旨供述するところ、同日、同証人が眼鏡を買ったこと、翌日から自動車学校に行っていることが他の証拠によって裏付けられ、証人Iは、学校の試験とバイトの関係からそうである旨供述するところ、右供述も他の証拠に裏付けられるところであるし、少年の「パチンコ家計簿」には、同日7万2000円パチンコで負けた旨の記載もある。そうすると、少年や右両証人の各供述は信用性が高く、これを排斥することもできない。

8  非行事実<3>からすると、少年は平成4年7月25日には、相当額の現金を所持したものと考えられるところ、少年は、右同日、同月23日実父から少年の預金通帳に送金された4万円のうちから1万5000円を引き出していることが認められる。右非行を犯し、多額の現金を所持していたことと矛盾する事実と言わねばならず、上記アリバイの点と共に、少年が本非行事実を犯したことへの否定的評価につながらざるをえないところである。この点、少年は、捜査段階では、騙取した現金を1週間位で主にパチンコ等に費消した旨供述しているところであるが、1週間で約100万円の金員をパチンコに費消したことについては、捜査官も捜査当時から多少の疑問は持っていたようである(証人Gの供述)。

9  問題は、前記2、3認定のいわゆる犯人識別供述についてであるが、防犯カメラのフィルムが既に処分済のため、詳細な対照はできないが、本件記録中の写真からは、それが不鮮明なため少年が犯人であると断定も否定もできないし(耳たぶ等は違うように見える。)、前記C、Fは、Aの供述により少年が犯人ではないかとの疑いが生じた段階でく上記面通しの前に)、Aから捜査官が預かった少年の高校時代の写真を既に見せられており、その後に面通しに来ていることが認められ、しかも、その面通しの方法も、両名が同時にかわるがわる取調べ中の少年1人を見たというのであって(証人G、同Jの各供述)、その時が既に事件発生時から2週間以上経過していることをも併せ考慮すると、右識別供述は、極めて信用性の乏しいものといわなければならず、右識別供述の存在故に、少年を犯人と断定することは到底できないところである。

そして、本件記録中の少年の筆跡の対照からも、少年を犯人と認めることは困難である。

四  以上のとおりであって、少年が逮捕後、勾留・観護措置段階は勿論、審判時においてさえも本件非行事実を一貫して自白しているものの、アリバイの点を含め、これと矛盾する証拠も叙上のとおり多数存するのであって、結局、少年が本件非行事実を犯したと認めるに足りる証拠がないことに帰する。

よって、少年法27条の2第1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 萱嶋正之)

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